自己紹介

当アカウントの中の人の自己紹介です。

無駄に長いですが、世代的には知らない筈のいわゆるレトロPC*1*2などと呼ばれている分野の趣味を持った経緯や、ハンドルネームの由来など、他の方から質問されがちな事項を時系列で記載しています。

なお、いわゆるレトロPCを触っていますが、ゲームについてはハードウェアを弄るのが主体な事やプレイが得意ではない為に、ザナドゥ*3サクラ大戦*4など、名作と言われているようなゲームでさえ経験も知識も持ち合わせていません。

正式な記録が残っている訳では無く、記憶に頼って書いていますので、辻褄の合わない部分が有るかも知れません。

 

1.2002年以前

当アカウントの中の人が初めて触ったパソコンは、PC-9800シリーズ*5の機種である、PC-9821Cb2*6でした。時期的に初めからPC/AT互換機*7を触っていてもおかしくないのですが、いくつかの事情が重なってCb2になり、それが後に、いわゆるレトロPCを触り続ける原点となりました。

ゲームについては、小さい頃に初代「Gran Turismo」、PC Engine*8版の「パロディウス」や「カトちゃんケンちゃん」など数本は遊びましたが、完全クリア出来る様な腕前では有りません。

2.2003年

ようやく完全な個人所有のパソコンを入手しました。

何の変哲もないWindowsXP搭載のPC/AT互換機だった事、この時期に多発した海外製不良電解コンデンサの被害が直撃して、電源やマザーボードが故障した事、自力で電解コンデンサを張り替えた事、キーボードとCRTモニタが共に安物で、主にハードウェア面で苦労した事は覚えています。

なおこの頃、秋葉原ラジオ会館*9*10にかろうじて残っていた「FIRST POINT*11*12」へ足を踏み入れて、店内の様子に大変驚いた事を覚えています。

3.2004~2005年

当時、チャットツールにWinMXを使用していましたが、純粋にチャットと自作テキストデータ(内容は、Dreamcast*13に関するもの)の共有が目的だった事も有り、チャット専用に「桜花」というチャットクライアントも併用していました。

ちなみにWinMXを使っていたのは、「HTMLの書き方やレンタルサーバーの使い方がよく分からないから、データを簡単に共有できそうなチャットツールが無いか?と、探した結果」という、いま考えると謎すぎる経緯でした。*14

そして、当アカウントの中の人が使っているハンドルネーム「試運転」は、WinMXで回線の状態に合わせてID名を「特急」「普通」「試運転中」と変えていたが、いつの間にか「試運転」固定になり、それ以来使い続けている・・・というのが由来です。

4.2006年~2011年

時期は定かではないですが、2006年8月頃に本局のウェブサイトを開設したと記憶しています。設立の経緯は、本局に掲載している「当ウェブサイト設立の経緯」に記載しています。

当初は主にDreamcastに関する記事を中心に掲載していましたが、そのうち、扱う機種がPC-9800シリーズやFM TOWNSシリーズ*15など徐々に増えていき、現在に至ります。

余談ですが、2008年頃になってようやくVHS方式のビデオテープ*16*17*18を脱却して、DVDを視聴できる環境を整えました。

5.2012年

2012年の秋頃だったと思いますが、PC-9800シリーズなどの映像出力を映せる液晶ディスプレイ*19の予備を確保したくて、自作を含め方法を検討していました。

ある日、液晶パネルと制御基板*20を組み合わせて液晶ディスプレイを自作した、という動画を発見します。今は探しても見つからないその動画、自作した液晶ディスプレイの試験で何かのPVらしきものを流していました。

「これは一体何だろう?」

そう思って検索して知ったのがアイマスこと、株式会社バンダイナムコエンターテインメントのゲームである「アイドルマスター」でした。

6.2013年

春頃にアイマスの概要を何となく理解し、その後に「中の人」という概念も理解しました。

この当時、当アカウントの中の人はいわゆるレトロPC界隈から人が居なくなった(実際にはツイッターなどへ移動しただけ?)ように見え、閉塞感みたいなのを持っていました。

その為、「いわゆるレトロPC界隈と別方向の趣味を交互にやっていこう」という気持ちになっていた事や、アイマス関連のイベントで知り合った方の影響も有って初めてツイッターへ登録しますが、これが思わぬキッカケを生みます。

なお、当blogで公開している「みんなで書こうよ、ファンレター」、「はじめての、イベント参加」、「SNSでの応援・宣伝方法」シリーズは、アイマスの出演者に関連して策定した個人的基準を、汎用的な内容へ再編して公開したものです。

7.2014年

正確な時期や経緯は覚えていませんが、夏頃にツイッターで「マイコン・インフィニット☆PRO-68K(MI68)」という、X68000*21をはじめとした色々なPCやゲーム機を持ち寄って楽しむ、という同人イベントの開催を知り、参加してみました。

mi68.artstage.net

参加したらビックリ仰天。MI68の会場では数多くの参加者により熱気が漂っていて「まだこんなにいわゆるレトロPC触ってる人が居たのか!?というか、みんな今までどこに居たの!!?」と衝撃を受けました。*22

MI68がキッカケとなり、ツイッター上でいわゆるレトロPC関連の情報を漁り始める事になります。

9月の東京ゲームショウTGS)では、家宝を引き当てました。

twitter.com

8.2015年

秋頃に、初めて同人イベント(先述のMI68)にサークル参加しました。この時は不慣れな事から展示のみに留めていましたが、はるばる遠方からツイッターのフォロワーさんが見に来てくれるなど、うれしい事が沢山有りました。

9.2016年

先述のMI68に加え、「電脳遊園」や「ゲームレジェンド(ゲーレジェ)」という同人イベントも一般参加しました。

dennouyuen.com

gamelegend.turukusa.com

 

10.2017年~2018年

2017年の3月にMI68、同年5月に「レトロエクスプレス」という同人イベントに再びサークル参加します。この時に制作した薄い本は後に「BEEP」さんで委託販売しましたが、表紙はアイマスのライブでご一緒した事が有る方にお願いして制作して頂きました。(その方はハンドル名を検索除けしている為、この場では敢えて紹介しません。)

retroexp.com

2018年のMI68では一般参加しましたが、ツイッターのフォロワーさんにPI-ET1*23の接続アダプターなどをお譲りしました。

pcheya.net

同時に某店長氏の薄い本を入手した事を覚えていて、後日、感想ツイートをツリーで連投しました。

 

11.2019年

9月に「PC-98愛好会 オフ会 第1回秋葉原会議」へ一般参加しました。PC-9800シリーズ関連のオフ会ははじめて参加したので、非常に楽しみだった事を覚えています。

twipla.jp

秋から冬頃、当アカウントの中の人が運営していていた沼倉愛美さんの非公式な情報botや情報blogが、正確な理由は不明ながらアクセス数が突然壊滅した後に復活しなくなってしまい、更新の継続が無意味な状況に陥りました。*24

この為やむを得ず、情報botは閉鎖、情報blogとして運営していたこの場所は「オススメ記事の一覧」に掲載している記事を中心に再出発させました。

12.2020年

7月の中旬に、新作の薄い本と2017年に頒布した薄い本の改訂版を「家電のケンちゃん」さんで委託販売を開始しました。初の電子データ版です。

www.kadenken.com

そして何と、作品をAKIBA PC Hotline!さんに取り上げて頂きました。

 

akiba-pc.watch.impress.co.jp

これからも世の中に貢献できる様、努力する所存です。

*1:個人の主観で定義が異なるが、ここでは概ねWINDOWS95以前のパソコンと考えてほしい。

*2:日本電気株式会社と富士通株式会社に、シャープ株式会社を加えたいわゆる「8ビット御三家」は、現在ではブランド名を使用する権利ごと外資系企業へ売却する様な形で事実上撤退しているという、もはや見る影もない状況なのは少々寂しい気持ちがある。

*3:日本ファルコム株式会社より1985年に発売された、8ビットPC向けアクションロールプレイングゲームで、現在に至るまで複数のシリーズ作品が制作されている。

*4:株式会社セガ(当時の株式会社セガ・エンタープライゼス)より1996年に発売された、セガサターン向けアドベンチャーゲームで、現在に至るまで複数のシリーズ作品が制作されている。

*5:日本電気株式会社が1982年から2003年まで製造したパソコン。黄金期には圧倒的なシェアを誇り、セイコーエプソン株式会社のPCシリーズなど互換機も存在していた。

*6:PC-9821シリーズのうち、98MULTi CanBeと呼ばれていたシリーズの一機種

*7:元祖は、米国のIBM Corp.が1984年に発売したIBM Personal Computer AT。規格が公開されていたので各社が互換機を製造するようになった。現在製造されているパソコンは、PC/ATアーキテクチャをベースとしている事が多い。

*8:株式会社ハドソン(現在は、株式会社コナミデジタルエンタテインメントへ吸収合併により消滅)日本電気ホームエレクトロニクス株式会社(2001年2月解散、翌年2月頃に清算完了の模様。旧公式ウェブサイトのURL:http://www.nehe.nec.co.jp/)が共同開発し、1987年に発売されたゲーム機。コア構想という機能を拡張していく思想や、家庭用ゲーム機としては世界で初めてCD-ROMを採用した事が特徴として挙げられる。

*9:ここで指すラジオ会館は、1962年竣工の初代のテナントビルである。現在のテナントビルはINA新建築研究所が設計・戸田建設が施工し2014年に竣工した2代目である。

*10:初代のテナントビルは、二つの直階段が隣り合わせてX字状に配置されていて、踊り場で扉を潜ったりせずに隣の階段への通り抜けも可能、という変わった特徴が有った。竣工時点だと、建築基準法による竪穴区画の制定前(竪穴区画は1969年1月に制定)だったので、このような平面プランを実現出来たのだと思われる。

*11:PCテクノロジー株式会社が1976年頃より秋葉原で、2003年頃より大阪日本橋でも営業していた店舗。旧公式blogのURL:https://firstpoint-01.at.webry.info/秋葉原店)、http://firstpoint02.blog90.fc2.com/(大阪店)。日本電気株式会社の製品を専門的に扱っていた。なお店舗はその後、2011年に株式会社イオシスへ事業譲渡し消滅。

*12:秋葉原店は1993年からラジオ会館で営業していたが、2006年から2011年に閉店するまでは2020年現在だと「イオシス アキバ路地オモテ店」の場所に店舗を構えていた。

*13:株式会社セガ(当時の株式会社セガ・エンタープライゼス)より1998年に発売されたゲーム機。ゲーム機本体へのアナログモデム標準搭載や、専用ISPも同時に設立するなど、ゲーム機としては本格的なオンライン機能を用意していた事が特徴として挙げられる。

*14:こういう経緯だったので、GD-ROMデータの違法なアップロード・ダウンロード、いわゆる割れ物には手を出していなし、ファイル名で注意書きAAを作って「割れ物関連への使用禁止」を明言していた。

*15:富士通株式会社が1989年から1995年(ハイブリッド機を含めると1997年)まで製造したパソコン。日本初の、CD-ROMドライブを標準搭載したパソコンとして有名。

*16:ビデオグラム、つまり映像パッケージソフトの供給媒体として、インターネット配信やBlu-ray、DVDが主流となる前は、ビデオテープが用いられていた。家庭向けの規格としては、広く知られているVHS以外にベータマックスやUマチックなど、様々な規格が存在した。

*17:完全に蛇足だが、VHSを開発したのは株式会社JVCケンウッド(当時の日本ビクター株式会社、故・高野鎮雄氏が開発の指揮をとった)である事、同時期に発売されていた家庭用ゲーム機(スーパーファミコンなど)用ゲームソフトのパッケージ寸法が、VHS方式のビデオテープと殆ど同じ寸法だったりしたのは、販売店で什器を用意する際の利便性を図ったという説がある、というのはお伝えしたい。

*18:これも完全に蛇足だが、VHSビデオデッキの名シリーズと言えば、パナソニック株式会社(当時の松下電器産業株式会社)のFS型番の機種ではないだろうか?

*19:映像規格の違いから、新品で流通・販売されていた液晶ディスプレイでも映せる物は多く無かった。なお株式会社電波新聞社のFRAMEMEISTERの生産終了は致し方ないとは言え、残念である。

*20:かつてのCoCoNet液晶工房あたりで、転がってたようなヤツだったと思う。

*21:シャープ株式会社(担当していたのはテレビ機器部門)が1987年から1993年まで製造したパソコン。マンハッタンシェイプと呼ばれる左右分割のツインタワーに見える特徴的なデザインや、当時としては他機種を圧倒する先進的な機能を備えていた事が特徴として挙げられる。

*22:会場内で、10年はお世話になっている某氏とリアル初対面した、というオチまで有る。

*23:日本電気株式会社が1991年頃に発売した電子手帳。CPUはZ80、RAMは32KB搭載。BASICは、当時の株式会社ハドソン(現在は、株式会社コナミデジタルエンタテインメントへ吸収合併により消滅)が作ったET-BASICだった。

*24:関係性を証明出来ないが、この時期に起きた一大イベントが原因である可能性は高い。